ドクターインタビュー

つばきウイメンズクリニック 鍋田 基生院長|僕が「胚培養士」にもなった大きな理由

6組に1組が不妊治療を受けると言われる日本。

妊活や不妊治療の現場の医師たちは、どんな想いを持って最前線に立っているのでしょうか。

普段は語られることがない、ドクターのパーソナルストーリー、第8話は愛媛県松山市にある「つばきウイメンズクリニック」の鍋田基生院長です。

鍋田院長は、胚の培養がどれだけ大切なのかということを熱く語ります。

「医師が患者さんをしっかり診ても、培養がしっかりしていないと妊娠まで到達できません」という鍋田院長は、自らも管理胚培養士の資格を持ちます。

不妊治療には医師の力と共に培養士の力がどれだけ大切なのか、そして受精卵への向き合い方がどれだけ重要なのかについてたっぷりお話ししてくれました。

つばきウイメンズクリニック提供

【経歴】医学博士。久留米大学医学部医学科卒業。愛媛大学医学部附属病院で生殖医療部門主任や産婦人科外来医長などを務め、約20年間にわたり高度生殖医療に携わってきた経歴を持つ。2015年より現職。日本産科婦人科学会認定産婦人科専門医、日本生殖医学会認定生殖医療専門医、日本東洋医学会認定漢方専門医。

「神の領域」に携わりたい

──なぜ不妊治療の道に入ったのでしょうか。

鍋田 中高一貫のミッションスクールに通っていました。キリスト教に接する中で、生命倫理も学びました。これに夢中になりました。

生命の誕生はまさに神の領域と思っていたところに、受精や顕微授精など人の手が入る余地があることに感動したのです。これに自ら携わってみたい、そう思ったのがきっかけです。

それで文系志望から転向して、医学部に入りました。

写真:iStock

──約20年、高度生殖医療に関わって来られましたが、その間にどのような技術革新がありましたか。

鍋田 医師になったのは2001年です。当時は「胚盤胞培養」※が過渡期で、やっとそれができる時代でした。

※「胚盤胞培養」 胚盤胞は胎児になる「内細胞塊」と、胎盤や羊膜になる「栄養外胚葉」が確認された、子宮に着床する準備の整った受精卵のこと。「胚盤胞培養」とは、この受精卵を胚盤胞の状態になるまで培養させること

また凍結の技術も医者になってから、「ガラス化凍結」※ができるようになりました。超急速で一気に凍結させるというものです。

それ以前は「緩慢凍結法」というものでした。

※「ガラス化凍結法」:2005年に確立された新しい方法。細胞を液体窒素に急速浸漬するなどして凍結するため、 水分は体積膨張せず細胞へのダメージが少ない利点がある。緩慢凍結法は解凍したときに生き残る受精卵の割合が低い難点があった。

日々新しい技術が生まれており、最先端の技術に遅れないよう対応してきました。私が医師になった当初は、「胚培養士」というスタッフも職場にはいませんでした。

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当初、私が所属していた大学病院での顕微授精の技術は不十分でしたので、私が研修に行き何度もトレーニングして、実際の患者さんに提供するという時代でした。

「良い胚培養士」とは?

──鍋田先生は「管理胚培養士」※の資格を持っていますが、これはどういうことなのでしょう。

※管理胚培養士:採卵、採精後の卵子と精子を受精させ、子宮に移植するまでの間、胚(受精卵)培養するスペシャリスト。「一般社団法人日本卵子学会」と「一般社団法人日本生殖医学会」が共同で創設した認定資格。

鍋田 どこのクリニックでも同じですが、胚培養には力を入れています。当院では胚培養に6〜7割のウエイトをおいています。

医師が患者さんをしっかり診ても、培養がしっかりしていないと妊娠まで到達できません。

どんなに名医だという医師に相談しても、控えている胚培養士の技術力が不十分だと妊娠は難しい、と私は考えています。

培養室(つばきウイメンズクリニック提供)

私はかつて大学病院で、外来の患者さんを診て、かつ胚培養も自身で行っていました。そのため培養が良くなると患者さんも妊娠するという実感があるのです。

だからこそ、管理胚培養士として責任を持っていますし、心配ないですよとお伝えする意味を込めて資格を取りました。

──今でも胚培養士としてお仕事されることがあるのでしょうか。

鍋田 今でも胚培養士が新人である場合、顕微授精、また胚凍結デビューをする前には私が自ら試験し、技術を確認しています。

クリニックがオープンして最初の数年は培養室に頻繁に行って、「ここはこうした方がもっと良くなる」「このタイミングをつかむように」などアドバイスをしていました。

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今は室長がマネジメントを行っていますが、それでも最後のマネジメントは自分と自負していて、培養がうまく進んでいるかを毎回確認しています。

卵子と精子が受精卵になる潜在能力が100あるとしたら、どんなに技術のある胚培養士がやってもそれを100以上にはできないのです。「良い胚培養士」とはその潜在能力を100引き出せる人のことです。

赤ちゃんと同じように受精卵に接する

──培養で難しいところはどんなところなのでしょうか。

鍋田 受精卵を作って培養するのは手際よく行わないといけません。培養器の中は37度、室温が28度くらいです。受精卵を外に出しておく時間が長いとダメージを受けてしまうのです。

また顕微授精を人の手で行う場合は、卵子にストレスをかけないように素早く、丁寧に行わないといけません。元々卵子や精子が持っている潜在能力を落とさずに、いかにしっかり作業ができるか、これは難易度が高いことなのです。

そして技術力はもちろんですが、実は気持ちもとても大切です。

例えば、培養器のドアをバタンと閉めたりする人がいます。そうすると振動が中の受精卵に伝わり、負担がかかります。だからドアはそっと閉めなくてはいけません。

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受精卵という、「将来ヒトになるものを扱っている」という認識が大切なのです。

私は受精卵を見た時にそれをヒトと思うか、モノと思うかによって胚培養士の能力が変わってくるんだと、胚培養士に口を酸っぱくして言っています。

胚を体に戻す胚移植の時に、室温が低い時があるんですね。

胚は37度の培養器の中から出てきているので、室温はとても寒く感じます。赤ちゃんが生まれたら、すぐに看護師や助産師が温かいところに連れて行くでしょう。

受精卵の場合もそれと同じです。受精卵をヒト・赤ちゃんだと思っていれば、胚培養士も適切に動けるはずなのです。

良い胚培養士は、最終的には技術と受精卵を赤ちゃんと同じように大切に思う気持ちを持てるかに行き着きます。

理論の大切さを学んだ

──医師を目指す中で、キーパーソンになった方はいますか。

鍋田 私の頃の大学病院は徒弟制度のようなものでした。入局したところの伊藤昌春教授は、ものすごく厳しい人だったのですが、伊藤先生の元で、物事の基本をしっかり叩き込まれました。

ゼロから教えてもらったので、伊藤先生のやり方が今の私のスタイルになってきましたね。

私のクリニックでは最初に十分な検査をします。

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最初は、最低限の検査をする医療機関が多いと思います。そこで半年ほど治療して、うまくいかないと別の検査を追加していくステップアップ療法を取ります。

私の場合は、可能な限り必要な検査を最初に行う方法をとっています。

卵管、子宮内環境、内分泌の値などの検査結果をもとに、患者さんの全体像を把握し、どこに問題があるのか可能な限り整理した上で、治療方針を考えるからなのです。

患者さんをどのように診ていくのが良いのか、伊藤先生が教えてくれました。

──最初に全ての検査をするのに、ハードルが高いと感じる人はいませんか

鍋田 最初に可能な限り全ての検査をするメリットは、患者さんの全体像が把握できるため、結局、効率が良いということです。

これは患者さん、医師にとっても良い結果になると信じています。デメリットは検査費用が比較的多くかかってくることです。

しかしながら先ほどもお伝えしたように、その後の効率は圧倒的に良いですので、デメリットは相殺されると思っています。

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忘れられない子ども

──忘れられない患者さんはいますか。

鍋田 そうですね。私は自分で顕微授精も凍結もしていたので、初めて自分の顕微授精で生まれた赤ちゃんは、とてもよく覚えています。

大学病院時代、どうしたらうまくいくのか最初はとても悩みました。

しっかりと教えてくれる人もいませんでしたから、本当に苦労しました。

自分で産科外来もしていましたので、うまく妊娠できた患者さんの妊婦健診も自らやりましたし、分娩にも立ち会いました。そこで産まれた赤ちゃんを見た時、「あの時の受精卵がこの子なのか」という感動は鮮明に覚えていますね。

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ここで胚培養士として分娩に立ち会うことが、とても大きな意味を持つことに気がつきました。

そこで産まれてくる赤ちゃんの顔を見ると、もっと技術を向上させて妊娠する患者さんを増やしたい!というエネルギーの糧になるのです。

どういう患者さんの受精卵を作っているのか、そしてどのように育てているのかという実感を持つことはとても大切です。

そして数年経った頃、私が顕微授精して妊娠・出産された患者さんが二人目をほしいということでまた来院してくれました。

その時に、男の子がトコトコと歩いていたんです。当たり前に成長しているのですが、あの時の受精卵の子がもう歩いていると感動しました。

「この子があの時の子か」と。私は君のことを受精卵の時から知ってるんだよと、我が子のような気持ちになるんですよね。

地域に根ざし、信頼される最高の医師に

──不妊治療と産科の掛け持ち、忙しい中でどうやってオフの時間を確保していますか。

鍋田 実はオフがほとんどないんです。7年間、開院してほとんどとれていません。

不妊治療の外来が終わっても、産科の方で出産が続いて、終わりがないんです。

夜の8〜9時に外来が終わっても、その後お産で呼ばれるので常に院内にいます。当直医が確保できれば、夏休みとお正月ぐらいは自宅に帰るのですが、逆に自宅に帰ってオフが数日続くとずっと家にいたくなってしまう(笑)

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だから逆説的なのですが、ずっとオンの方がいいんです。

ひと月に50~60人くらいが出産するので、何が起きるか常にわからない状態です。だから、いつも臨戦体制です。

──診察で心がけていることはありますか。

鍋田 技術力を提供するのは当たり前です。そこは最も頑張っているけれど、ある意味当然のこと。

どこのクリニックもそうだと思うのですが、患者さんに寄り添ってあげることが大切だと思っています。

どういう説明をしたら、患者さんが納得して医療を受けてもらえるのか。

患者さんによって、不安に思っていることも違います。そのため患者さん一人一人に合わせて相談に乗っていく、テイラーメイドの治療をしていくことが必要です。

カウンセリングの要素もとても大きいですね。

私としては、地域の人たちに信頼してもらえる専門性の高い不妊治療・産科の医師、そしていつでも相談できる、かかりつけの医師を目指しています。

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