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【体験談】「卵子凍結をして焦ることがなくなった」〜自分らしく輝くための私の選択 〜

キャリアで、一番面白いタイミングになっている。

パートナーや、子どもも将来は欲しいけれど、今はライフプランへの時間が取れない。
でも、子どもが欲しいなら、自分の体の年齢という限界もある…。

こんな思いを抱えていたのが、ランジェリーをデザインする起業家、栗原菜緒さんです。

「35歳を越えると、妊娠できる力がガクンと落ちることは知っていました。ならばもう、やろう!と覚悟したんです」

栗原さんは36歳の時に卵子凍結をしました。将来のために、自分ができることを選んだといいます。今、当時を振り返ってどんなことを感じているのでしょうか。

「グレイス杉山クリニックSHIBUYA」の岡田有香院長と、グレイスバンクのエバンジェリスト、金藤美樹穂も加わって、栗原さんの体験についてお話を聞きました。

金藤:菜緒さんの卵子凍結のお話の前に、どんなキャリアを歩まれたのか教えてもらえるでしょうか。

栗原:キャリアは変わっているんですよね(笑)
学生時代は政治や外交に興味があって、大学では法学部政治学科でした。外交官になりたいと思ったのですが、外交官試験には経済学もありました。これが大の苦手科目でした。

また官僚独特の世界に自分は不向きだなということも考え、夢を諦めたんです。一方で、友達はどんどん、金融、商社、メディアと大手企業に就職していきました。それに比べて、「自分はフリーターになってしまった」という失望感もありました。

その後、好きなものを探そうと思い、その一つがランジェリーだったんです。中学の時から下着は好きだったけれど、大学生の時は海外のインポートランジェリーの虜になりました。

アートのような世界に憧れて、日本メーカーで就職できるところを探したのですが、全ての会社が補正下着のカテゴリーだったのです。ヨーロッパの美しいランジェリーは4〜5万円と、とても高価なもの。

これを「日本のものづくり力で作ったらどうなるんだろう」と思って立ち上げたのが、今のナオランジェリーです。縫製工場を探したり、起業資金を貯めたりして、29歳の時に起業しました。

百貨店の高島屋で常設コーナーができるようにもなって、小さなデザイナーズブランドがここに入るというのは本当に当時として初めてだったのかなと思います。

そこから認知が少しづつ上がっていって、今は少しは皆さんにランジェリーをお届けできているかなというところです。

金藤:ブランド立ち上げは2014年です。プライベート、キャリアをどう両立したのでしょうか。

栗原:とにかく起業して、続けるってとても大変だったんです。経営は得意な方ではないし、お金が尽きて銀座のホステスもして資金をつなぎました。お客さんとカラオケに行ったり、お酒を飲んだり。寝る時間も少なくて、本当に忙しかったんです。

だから、プライベートを充実させて…なんてことは夢の夢で。とにかく「会社をどうにかしなくては」と思っていました。それ以外のことは優先度で言ったら10番くらいというほど必死でした(笑)

テレビ東京の「ガイアの夜明け」という経済番組があって、34歳くらいの時に密着取材をしてくださるというお話をもらったことがありました。

ならば、さらに忙しくなるなと思って、その時期に入る前に「健診診断を受けよう」と思ったんです。生理が重かったのも気になっていて。そうしたら子宮腺筋症だということがわかりました。

金藤:これはどういうことでしょうか。

岡田:生理痛が重く、血量が多いというのが特徴の病気で、本来子宮の内側にある子宮内膜に似た組織が子宮筋の中にできてしまうのです。

子宮腺筋症は低用量のピルを飲めば現状をキープできるので、その段階で気がつくことができてよかったですね。

金藤:いつから卵子凍結について考えたのでしょうか。

栗原:35歳になる前から、いつ子どもを産める状態になれるのか、運命の相手に出会うのかはわからないから、「卵子凍結をしたらいいのでは」と母から言われました。

また、私より先輩のお姉さんの友達が多くて、彼女たちが妊活に入っていた時期でもありました。やっぱり年齢を重ねるにつれて、妊娠が大変だというのを見てきたんですね。

少しでもできることがあるのであれば、早くやっておいた方がいいよと情報をもらって、背中を押してもらった感じです。

金藤:「凍結しよう」と思った決め手はなんでしょうか。

栗原:そうですね、35歳以降はどんどん妊娠のチャンスが下がっていくという知識はあったので、「やるなら今!」という感じでしたね。36歳の時に卵子凍結しました。

金藤:栗原さんのように卵子凍結を決める女性は多いのでしょうか。

岡田:現時点では、もう少し決断が遅い人が多い印象です。30代後半にさしかかった時に初めて妊娠する力について知り、「そろそろどうしよう」と考えるのが37、38歳の方が多いように思います。

金藤:実際の凍結の後に、どのような変化がありましたか。

栗原:一つの安心材料になるのは心強いなと思いました。将来、子どもが欲しいとは思うものの、今はすぐに叶わない中で、将来への選択肢が増えていくので焦ることがなくなりました。

金藤:どういう安心感でしょうか。親から何も言われなくなった開放感でしょうか。

栗原:年齢的なものですよね。将来望んだ時に、子どもができる可能性が高まることへの安心感。本当に私はやっておいて良かったなと思っています。

金藤:子どもを持つこととキャリアは切っても切れない関係ですよね。卵子凍結は仕事に対してどんな意味がありましたか。

栗原:どうしても仕事が忙しい時期があって、その時に子どもは作りづらいというのは、正直あるかなと思います。

友人の一人は外資系のIT企業、もう一人はマスコミで働いているのですが、彼女たちから「すごく頑張ってきたのに、妊娠した途端にポジションを降ろされた」ということを聞いたりしました。

そういう中で、思った時にいつでも子どもができるわけではないこともあるのです。

金藤:同じような思いを持つ友達から、卵子凍結の相談を受けることもありますか。

栗原:そうですね、ものすごくありますよ。自分の体験を公開しているので、全く知らない人からも質問が来たりします。

金藤:今日のセミナーに参加してる人たちに、伝えたいことはあるでしょうか。

栗原:卵子凍結は、何歳まででもできることではありませんよね。採卵のリミット、そして保存のリミットもあります。それを知った上で、いつするのかを想定したらいいかなと思います。

岡田:卵子凍結しても、将来妊娠に結びつく割合は年齢によって違うので、30代前半がベストだと思っています。

30代の半ばから割合が下がってしまい、子ども一人を授かる割合を75%にしたいと思った時に、34歳だと10個ほどの卵子凍結をする必要があります。それが37歳になると20個ほど必要になるのです。

金藤:3年間で倍もの卵子が必要になるんですね、驚きです。

岡田:そうなんです。そして1年ごとに、この割合がガクンと落ちていきます。28歳と34歳では採卵数によって妊娠できる割合はあまり変わらないのですが、それ以降の変化が大きいのです。

栗原:卵子凍結をして、精神的な焦りがだいぶなくなりました。これで将来の妊娠が保証されるわけでないということもわかっています。ただ悩んだり不安を抱えてずっと過ごすより、良かったと感じるのです。

卵子凍結に関しては、後々にやってみたいと思った時に、もうできないということもあります。自分が望むことは何なのかを考えて、自分の将来を見つめて行動してくださいとお伝えしたいです。


◆ 本記事の内容に関しては、2022年3月23日に行った
『自分らしく生きたい!今輝く人の選択肢』
の動画にてより詳しくご視聴いただけます。
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