不妊治療、産婦人科の専門医としてベストな提案をするには、最先端の医療を常に学び続けなければならない──。
そんな緊張感のある現場で、杉山医師はどんなクリニックを目指しているのでしょうか。
杉山産婦人科・杉山力一医師のライフストーリー、中編は「誰もが主治医」になれるという、最大の特徴に迫ります。
誰もが主治医に
──杉山産婦人科が他のクリニックと大きく違う点はどこでしょう。
ひとえに、多様性と言えるでしょうか。
出身大学、育ってきた環境が違う先生たちが30人ほど集まっています。医師の治療に対する考え方も、もちろん同じではありません。
私は、「病院の方針だからこうしなさい」ということはなく、皆が正しいと思うことはやろうと思っています。そのため、医師にも自分がベストだと思う方法を患者さんに提案していいと伝えています。
患者さんは医師を指名できます。つまり、医師を変えて、同じクリニックの中であっても違う医師からセカンドオピニオンが得られる、これは杉山産婦人科の最大の強みです。
医者も辞めて違うクリニックに行くことはほぼないですし、患者も治療がうまくいかないからといって転院することはありません。ですので、患者さんが同じクリニック内で違う先生にかかるということはよくあります。
──非常にユニークですね。主治医を変えることもできるのでしょうか。
そうです。不妊治療のサイクルにおいて、患者さんは1カ月で約10回通院します。主治医が私だとしても、私がいない時もあるわけです。
特に、採卵は自分が行きたい日にクリニックに行くのでなく、月経が始まって3日目に来院するなどタイミングが決まっています。ですから、主治医が必ず同じ患者さんを見れるわけではないのです。
私がいなくて、違う先生にたまたま診てもらったら意気投合した、というような話は少なくありません。
また「主治医」は毎回、予約を取る時に決められます。ですから、いろいろな先生を試している患者さんはたくさんいますよ。
また、クリニックは都心にあり、忙しく治療をしている方が多い。
そのために、夜7時まで診察を受け付けています。土・日・祝日も通院OKです。コロナ禍では365日開けていました。医師、職員は交代で休みながら、患者さんが行きたい時に行ける体制を整えています。
不妊治療の大きな課題は、仕事と通院の両立です。でも、クリニックが開いてさえいれば両立してもらえる、私たちはそこを目指しています。
経験を積んでもわからないこと
──多くの診察の中で、特に記憶に残る患者さんはいらっしゃいますか。
運営する3つのクリニックの患者さんは、1日で600人ほどになります。長年、医師として多くの患者さんに触れると、驚くことも多々あります。
例えば、最近あった35歳の患者さんの体験をお話ししましょう。彼女は若くして閉経してしまっていました。月経がなく、つまり排卵もない。とにかく常識で考えると妊娠は難しく、卵子提供を受けるしかない状況でした。
その患者さんはそれでも、「もしかしたら排卵が起きるかもしれない」と、奇跡を信じて1〜2週間に1度、通院していました。
正直なことを言うと、私は難しいのではないかと諦めかけていました。もう、2、3年排卵していないのですから、そう簡単に排卵は望めない、そう思っていたのです。
毎回、超音波で卵巣が育っているかを確認しました。するとある時、たまたま排卵したのです。その卵を採卵して、妊娠までつなげることができました。結果的には、本当に残念ながら流産してしまったのですが、そこに、わずかでも光が見えた。
若年で閉経した場合、2年に1度くらいで排卵するということがありますが、それを見つけるのは本当に難しいのです。この患者さんの場合は、根気よく通院されたことでたまたまチャンスを得られました。
しかし、医師としてこの方法を勧めるわけではありません。ほとんどの人が無駄な通院を100回ほどしなくてはいけない、とも言えるからです。
ただ、長年の経験があっても、人の体は予測できない。常識から外れることが起きるということを伝えられる事例だと思います。
最高に嬉しい時
──難しいケースも多い中、不妊治療の専門医へのモチベーションはどこにあるのでしょう。
この仕事をして良かったと思うのは、やはり、すごく喜んでくれる人を見る時です。
クリニックだから、誰も大きな声を上げることはしないのですが、それでも患者さんの中には妊娠を知って、廊下に声が響き渡るくらいはしゃいでしまう方もいます。
難しい治療でなく、本当にシンプルな治療しかしていないのに、心の底から喜んでもらえる。そういう瞬間は、いい仕事をしたなと手前味噌ながら思ってしまいますし、こちらも心底、嬉しくなりますね。こういった喜びの積み重ねが、次の課題に取り組むエネルギーになっています。
後編へ続く──