「両角君、君は何も知らなくてラッキーだ」──。
そう話したのは、留学したハワイで出会った生殖医学分野の世界的権威、柳町隆造教授でした。
2年半の留学で、両角医師はどんなことを学び、知恵と経験を今に生かしているのでしょうか。
両角レディースクリニックの両角和人(もろずみ・かずと)医師のライフストーリー、中編は師匠から教わった極上のアドバイスに迫ります。
無知は最高の武器
福島医大では毎年2年ごとに1名、ハワイに留学するという制度がありました。私は、福島医大から派遣された12人目の医師でした。
ハワイ大学の医学部では、柳町隆造教授に師事しました。柳町先生は、これまでノーベル賞候補に何度も上がった生殖医療分野の世界的権威です。
まさに私からしたら、神様のような人。先生の隣について2年半、最先端の事例を学びました。
柳町先生からは本当にたくさんのことを教えてもらったのですが、最初の言葉が忘れられません。
「君は何も知らなくてラッキーだな、無知は最高の武器だぞ」と。
もう柳町先生は50年もこの道にいる研究者で、考え方が固まってしまっている。だから難題を乗り越える突破口(ブレイクスルー)を見つけづらい。知らないこと、つまり、無知であることはとてもいいとおっしゃったのです。
無知なうちにクレージーな質問をしなさい、大抵はつまらない質問で終わるかもしれないが、その中に一つは当たりにつながる大切な質問があると。
失敗を恐れず、失敗を積み重ねなさい、とお話しされました。
「無知ほどいいものはない」、というのが、まさに褒められているのか、けなされているのかわからないのですが(笑)、その言葉は私の今の指針になっています。
失敗を恐れず進む
失敗を恐れずやってみる──。その言葉のもと、柳町先生と信じられない実験を繰り返しました。
例えば、錦鯉のクローン作成です。錦鯉は世界的に人気ですが、ハワイでも人気の錦鯉がたくさん増やせれば、という企業からのオファーがハワイ大学にありました。そこで、柳町先生がクローン作成の練習のために、鯉の卵を持って来たのです。
鮭のイクラのような卵です。人間の卵子のように卵は小さくないので、目で見えます。顕微鏡を使う必要もありません。
「先生、顕微授精は必要ないですよね」などと言いながら、どうにか受精卵にしようとしたりしました。実験自体は失敗しましたが、先生の探究心は止まりません。
ある時は、マンモスを復活させると言い出しました。
これも、共同研究を持ちかけられたことから始まりました。シベリアの凍土から発見されたマンモスの細胞をもとに、卵子を使って受精卵を作り出そうという研究です。
受精卵を作った後、どこに移植すべきかという話になりました。そこで、「そうだな、困った。象にしよう」となりました。最終的に移植先がなく断念したのですが、こんな「非常識」なことをやっていたのです。
日本にいたらこんなことは絶対にしません。柳町先生は一体何者なのだろうと思いましたが、常識に囚われてはいけないという事を教えてくれました。
既成の概念を信じてしまっては、ブレークスルーは見えてこない。柳町先生の、強いメッセージでもあったのです。
イノベーション起こすためにたくさん失敗すること。そして、エラーを見逃さず見てみると、そこに成功への鍵が隠れている。その点もよくお話しされていました。
ホテル・リッツにヒント
失敗を恐れずにチャレンジする、これは私がスタッフにも共有していることです。
最初から完璧を求めるのでなく、どんどん新しいことをやってもらう。その後、患者さんからフィードバックを受けて改善をしていけば良いのです。
ところで、私は、ザ・リッツ・カールトンホテルがとても好きです。なぜかというと、サービスが常に顧客のしてほしいことを、先読みしていると感じるからです。
月に一度、新入社員向けに理念教育やっていますが、「患者さんのニーズを先読みしよう」と伝えています。
暑いと言われる前に動かなくてはいけないということです。暑いと言われてしまってはもう遅い。泣きたいほど悲しい気持ちになったら、泣く前にティッシュを出すようでありたいと思うのです。
ただ、ここまでになるには、真剣に相手を思っていないとできません。患者さんが辛い時に手を握ったり、肩をさすってあげたり、そういうことも場合によっては必要です。
クリニックのスタッフは、皆自分で考えて、患者さんのニーズを汲み取って動いてくれます。それが自然体でできるのが、私たちのスタッフのすごいところだと思っています。
「こうしたら患者さんは安心するのではないか」、そんな想像を働かせながら皆が新しいことにチャレンジしているのです。
*最終回(後編)は、医師としての強い課題意識、そして若い世代へ伝えたいことをお伝えします。